元PEファンドの中の人

PEファンドの実態あれこれ

なぜPEファンドはソーシングが最重要なのか。②ファンド間競争

PEファンドの投資活動で最も重要なのは案件開拓(ソーシング)というお話。今回はその理由の2つ目、ファンド間の競争について。

 

当たり前ですが、会社あるいは事業を売却する、というのは誰にとっても非常に大きな決断であると同時に、多くの人にとって人生で何度もない経験です。

よって、その決断は極めて慎重に行われます。最初から最後までファンド1社とのみ話をして、そのファンドに会社を売却する、などということはほぼ起こりえません。

マイホームを買うときに1軒だけ見て決める人がいないのと同じです。例え最初に内覧した家に一目ぼれしたとしても、念のため他の物件もいくつかは見て比較するはずです。

 

仮に会社の売却を検討している人がいたとして、その人は自分自身でにせよアドバイザー経由でにせよ、複数の買手候補先にコンタクトします。仮に私がとある会社のオーナーに売却の提案に行って、そこでオーナーが乗り気になったとしても、すぐに「ではあなたに売ります」とはなりません。必ず他で買ってくれそうな先にコンタクトし、話を聞きます。

 

その結果、少数の買手候補によるカジュアルな形式であれ、売手FA(フィナンシャルアドバイザー)が主導するフォーマルな形式のオークションであれ、何らかの形で複数の買手候補による競争が発生します。PEファンドが投資を実行するには、まずは買手候補のリストに入り、その中で競争を勝ち抜く必要があるのです。

 

さて、あなたのPEが首尾よく買手候補の一つになれたとして、その中で選ばれて投資まで至るには以下のいずれかが必要です。

  • 他社よりも高い買収額を提示する
  • 他社が敬遠する企業に投資する
  • 売手または投資先企業の経営陣と強固な関係性を構築する

しかし、実際にはどれも簡単ではありません。

 

他社よりも高い買収額を提示する

会社を売却するときに売主が重視することは複数あり、高く売れれば何でもいい、という売主は滅多にいませんが、そうはいっても最高値以外の提示を受けるには相応の理由が必要で、結局は最高値が選ばれるケースがほとんどです。

つまり、高い価格提示をすれば多くの案件は取れるわけですが、そうすると今度はファンド内部でのコンセンサスを得ることが難しくなります。

買収価格が高いということはその時点の業績に対して「割高」になるわけで、それを正当化するには投資後に業績が改善し企業価値が上がる蓋然性の説明が求められます。

通常、ファンドが投資を行う際にはInvestment Committee(投資委員会)が開催され、メンバーの同意を得なければなりません。バラ色の事業計画を描くと当然突っ込まれるわけで、それらに適切に回答して投資の納得感を醸成するのは容易ではありません。

 

他社が敬遠する企業に投資する

売手が複数の候補に声をかけたものの他からは断られた場合に手を挙げ続ければ当然買手に選ばれる可能性が高まりますし、買収価格の交渉も優位に進めることができます。

しかし、他社が断るにはそれなりの理由があるはずで、それでも手を出すというのはある意味高い価格提示をする以上に勇気の要る選択です。

他社はその企業の将来性に懐疑的である中で自分だけが成功への道筋を見つける、ということですからね。

当然、Investment Committeeでメンバーの同意を得ることの難易度も上昇します。

 

売手または投資先企業の経営陣と強固な関係性を構築する

売手側に「売却価格も大事だが、本音では彼らに売りたい」と思ってもらえばしめたものです。多少の価格差であれば最高値でなくても選ばれるかもしれませんし、公式非公式に売手や投資先の経営陣から優先的に情報を得ることもできるようになります。

しかし、言うは易しで、「ではどうやって?」ということになります。

売手が、見ず知らずのPEファンドの人をいきなり信用するわけもなく、強固な関係性を築き、この人たちに売りたいと思うに至るには相応の時間と努力が必要です。彼らなら信頼できる、彼らの事業改善策は具体的で現実感もある、彼らと仕事がしたい、なんて、そんな簡単には起こらないですよね。

結局その状態になるには、

  • 他社に先駆けて売手にコンタクトして相互理解を深める
  • 売手あるいは会社のニーズを正確に理解した上で、なるほど感や現実感のある提案を行う
  • 彼らは信頼できる人たちという評判を確立し、それを第三者から売主の耳に届くようにする
  • 過去の投資のトラックレコードを蓄積し、優秀なPEであることを第三者から売主の耳に届くようにする

みたいなことが必要になり、一朝一夕ではないのです。

 

 

 

これら踏まえると、実際にファンド間の競争を制し売手に選ばれることは容易ではないとお判りいただけるかと思います。

 

【やや余談】

高値提示や他社が敬遠する案件への投資は投資委員会の承認を得にくいと書きましたが、例外もあります。

例えば新規に立ち上がったPEファンドの場合、投資のトラックレコードを作るため多少無理をしても高値提示が是とされるケース。

あるいは、ファンドの投資期限(一般に、ファンドを立ち上げて5年以内等)が迫っているものの未消化残高があり、とにかく投資をしたいケース。

これらのケースでは多少高値でも、あるいは競争がなくとも、投資委員を説得しやすい傾向があります。

裏を返すと、そういうプレイヤーが買手候補に混ざると、それ以外の冷静な判断ができる状態のファンドは価格面で到底太刀打ちできなくなり、ますますファンド間競争で勝ち残ることが難しくなります。