元PEファンドの中の人

PEファンドの実態あれこれ

なぜPEファンドはソーシングが最重要なのか。③他のプロセスでは差が出にくい

おさらいですが、ファンドの投資サイクル(ファンド自体の資金調達は除く)は以下の通りです。

  1. 投資先企業の発掘
  2. 投資に向けた調査(デューデリジェンス、DD)、交渉、契約締結、投資実行
  3. 投資先企業の価値向上
  4. 投資先の売却

 

このなかで1.投資先企業の発掘が最重要ということなのですが、では他のステップはどうなのでしょうか。

 

投資調査、交渉、契約締結、投資実行

売手がその気になり案件化すると、買手候補はにわかに忙しくなります。多分こんな記事を読む方は一定の前提知識があると思いますので省略しますが、いわゆるM&A案件にまつわる各種業務ですね。ついでにPEの場合多くの場合レバレッジファイナンスを引きますので、金融機関との交渉も出てきますが。

 

正直、これはだれがやろうとそんなに変わらない、というか、それをまともにできるのはそもそも必須条件、という感じです。このフェーズはとにかく忙しいので馬力がいるし、もちろん価格や条件の交渉を有利に進めたり落とし穴を回避したりは能力や経験による差が出る部分ではあり、決してないがしろにすることはできないのですが、PEファンドの最終ゴールは投資リターンを出すことです。

このフェーズで能力の差を見せることが最終的な投資リターンにどれだけ影響するか、という観点からは、たいして差はない、というのが答えになります。

ぶっちゃけレッドオーシャンなんですよね。投資銀行等でM&Aを複数回経験していれば皆さん一定水準のパフォーマンスを出せますので。

 

投資先企業の価値向上

もちろんこれはめちゃめちゃ大事。そして、どうやってここで差別化するか、というのは多くのファンドが知恵を絞っているところでもあります。エキスパートの招聘や施策のテンプレ化などやり方は様々で、別途じっくり取り扱いたい話ではあります。

 

ただ、これも投資リターンへの影響、という観点では必ずしも最重要視されないところであります。

すごく優秀な戦略を立案し実行できたとして、他のPEが投資した場合と比べて営業利益を倍にできるかというと、比較のしようがないので答えはないものの、肌感覚ではそこまで差はでないように思います。

一方、リーマンショックやコロナで業界全体が打撃を受けると、どんな頑張ってても平気で利益は半減します。

また、例えば業界10位の企業だと、ウルトラCがない限りは何をやろうと業界大手に駆逐されてしまう未来しかない、みたいなこともあるわけです。(「業界」をどう捉えるか、という別の議論はあります。業界を細かく定義すると10位だと思ったが実は2位だったみたいなのはあり、その場合はいろいろやりようがある。)

 

結局、投資の段階で成長が見込める企業を選定できているかが非常に重要であり、それなくして投資先のテコ入れも何もない、というわけです。

 

投資先の売却

投資先を売却できる先は限定的です。例えばユニクロはキャッシュはあるはずですが、どんなにいい会社でも自動車部品メーカーは買わないでしょう。結局戦略的な投資意義が見出されうる売却先は限定的であり、そうでなければ他のファンドに売却(セカンダリーという)となります。

潜在売却先の候補リスト作成は割と誰でもできる(お願いすれば投資銀行が喜んでやってくれる)し、その候補先に当たっていって本当に関心があるかを探るのも割と誰でもできる話です。

もちろん、売却先候補の意思決定権者にうまく話をつなげて案件を具体化する、みたいな能力は大事なのですが、投資先の発掘に比べて難易度も重要度も下がると思います。

 

つまり、投資先企業の発掘以外のプロセスは、いずれも差別化がしにくい、あるいはコントロールがしにくいため、結局投資先の発掘ほどの重要度を得にくい、ということです。

なぜPEファンドはソーシングが最重要なのか。②ファンド間競争

PEファンドの投資活動で最も重要なのは案件開拓(ソーシング)というお話。今回はその理由の2つ目、ファンド間の競争について。

 

当たり前ですが、会社あるいは事業を売却する、というのは誰にとっても非常に大きな決断であると同時に、多くの人にとって人生で何度もない経験です。

よって、その決断は極めて慎重に行われます。最初から最後までファンド1社とのみ話をして、そのファンドに会社を売却する、などということはほぼ起こりえません。

マイホームを買うときに1軒だけ見て決める人がいないのと同じです。例え最初に内覧した家に一目ぼれしたとしても、念のため他の物件もいくつかは見て比較するはずです。

 

仮に会社の売却を検討している人がいたとして、その人は自分自身でにせよアドバイザー経由でにせよ、複数の買手候補先にコンタクトします。仮に私がとある会社のオーナーに売却の提案に行って、そこでオーナーが乗り気になったとしても、すぐに「ではあなたに売ります」とはなりません。必ず他で買ってくれそうな先にコンタクトし、話を聞きます。

 

その結果、少数の買手候補によるカジュアルな形式であれ、売手FA(フィナンシャルアドバイザー)が主導するフォーマルな形式のオークションであれ、何らかの形で複数の買手候補による競争が発生します。PEファンドが投資を実行するには、まずは買手候補のリストに入り、その中で競争を勝ち抜く必要があるのです。

 

さて、あなたのPEが首尾よく買手候補の一つになれたとして、その中で選ばれて投資まで至るには以下のいずれかが必要です。

  • 他社よりも高い買収額を提示する
  • 他社が敬遠する企業に投資する
  • 売手または投資先企業の経営陣と強固な関係性を構築する

しかし、実際にはどれも簡単ではありません。

 

他社よりも高い買収額を提示する

会社を売却するときに売主が重視することは複数あり、高く売れれば何でもいい、という売主は滅多にいませんが、そうはいっても最高値以外の提示を受けるには相応の理由が必要で、結局は最高値が選ばれるケースがほとんどです。

つまり、高い価格提示をすれば多くの案件は取れるわけですが、そうすると今度はファンド内部でのコンセンサスを得ることが難しくなります。

買収価格が高いということはその時点の業績に対して「割高」になるわけで、それを正当化するには投資後に業績が改善し企業価値が上がる蓋然性の説明が求められます。

通常、ファンドが投資を行う際にはInvestment Committee(投資委員会)が開催され、メンバーの同意を得なければなりません。バラ色の事業計画を描くと当然突っ込まれるわけで、それらに適切に回答して投資の納得感を醸成するのは容易ではありません。

 

他社が敬遠する企業に投資する

売手が複数の候補に声をかけたものの他からは断られた場合に手を挙げ続ければ当然買手に選ばれる可能性が高まりますし、買収価格の交渉も優位に進めることができます。

しかし、他社が断るにはそれなりの理由があるはずで、それでも手を出すというのはある意味高い価格提示をする以上に勇気の要る選択です。

他社はその企業の将来性に懐疑的である中で自分だけが成功への道筋を見つける、ということですからね。

当然、Investment Committeeでメンバーの同意を得ることの難易度も上昇します。

 

売手または投資先企業の経営陣と強固な関係性を構築する

売手側に「売却価格も大事だが、本音では彼らに売りたい」と思ってもらえばしめたものです。多少の価格差であれば最高値でなくても選ばれるかもしれませんし、公式非公式に売手や投資先の経営陣から優先的に情報を得ることもできるようになります。

しかし、言うは易しで、「ではどうやって?」ということになります。

売手が、見ず知らずのPEファンドの人をいきなり信用するわけもなく、強固な関係性を築き、この人たちに売りたいと思うに至るには相応の時間と努力が必要です。彼らなら信頼できる、彼らの事業改善策は具体的で現実感もある、彼らと仕事がしたい、なんて、そんな簡単には起こらないですよね。

結局その状態になるには、

  • 他社に先駆けて売手にコンタクトして相互理解を深める
  • 売手あるいは会社のニーズを正確に理解した上で、なるほど感や現実感のある提案を行う
  • 彼らは信頼できる人たちという評判を確立し、それを第三者から売主の耳に届くようにする
  • 過去の投資のトラックレコードを蓄積し、優秀なPEであることを第三者から売主の耳に届くようにする

みたいなことが必要になり、一朝一夕ではないのです。

 

 

 

これら踏まえると、実際にファンド間の競争を制し売手に選ばれることは容易ではないとお判りいただけるかと思います。

 

【やや余談】

高値提示や他社が敬遠する案件への投資は投資委員会の承認を得にくいと書きましたが、例外もあります。

例えば新規に立ち上がったPEファンドの場合、投資のトラックレコードを作るため多少無理をしても高値提示が是とされるケース。

あるいは、ファンドの投資期限(一般に、ファンドを立ち上げて5年以内等)が迫っているものの未消化残高があり、とにかく投資をしたいケース。

これらのケースでは多少高値でも、あるいは競争がなくとも、投資委員を説得しやすい傾向があります。

裏を返すと、そういうプレイヤーが買手候補に混ざると、それ以外の冷静な判断ができる状態のファンドは価格面で到底太刀打ちできなくなり、ますますファンド間競争で勝ち残ることが難しくなります。

なぜPEファンドはソーシングが最重要なのか。①投資先が限定的

なぜPEファンドにおいて投資案件のソーシングが最も重要視されるのか、という話。

その理由はいくつかあり、大きく分けると、

  1. そもそも投資対象が限られる
  2. 競争を勝ち抜かなければ投資できない
  3. 投資後にできることには限界がある

となります。今回は最初の「そもそも投資対象が限られる」について。

 

PEファンドは失敗できない

PEファンドはどんな会社にでも投資するわけではありません。

大前提として、PEファンドはVC(ベンチャーキャピタル)とは異なり、一般に投資先がつぶれることは許容できません。VCはたとえ1勝9敗でもその1勝がリターン100倍ならばいい、というある意味で博打的な要素があるのですが、PEファンドはそうはいきません。

一般論ですが、PEファンドの投資対象は既にそれなりの規模で事業を展開する企業になりますので、その企業の価値が100倍になるなどというのはほぼ考えられないからです。投資期間によるものの、投下した資本が2倍になれば及第点、3倍は優秀、5倍なんかになれば大喜び、という感じですので、投資先が1社ポシャってしまうとファンド全体のリターンが悪化します。

何としても投下資本の元本は回収する、というのがPEファンドビジネスの肝であり、それができるのが優秀なファンドマネージャーです。

 

投資先候補は「安定した企業」

つまり、想定通りならばある程度の投資リターンが見込めると同時に、多少想定が外れても大コケしないことが投資の条件となり、そうすると投資対象となる企業は自ずと絞られてきます。

まず、ある程度安定的なキャッシュフローが見込める(すぐにキャッシュがショートしてつぶれない)ことが求められます。こうなると、売上が特定の商品やサービスに偏重していたり、特定顧客に依存していたり、業界の近未来性が極めて不透明であったりすると、投資が困難になります。例えば、

  • 売上の8割がとある一般薬製造・販売会社:その一般薬の需要がなくならない、という蓋然性が示されないと投資は難しい。
  • 元某自動車メーカー系列で今も売上の過半を同自動車メーカーが占める:これもその自動車メーカーとの取引を減らされないという確約がないと、一般的にはきついです(過去にはそういうところに投資してめでたく盛大に爆死した事例あり。)。
  • 例えば建設業界(といっても広いですが)などは一般に景気等の影響を非常に受けやすく、外部要因による業績の振れ幅が大きいですが、こういった業界への投資はハードルが一段あがる。

 

また、その企業のこれまでの業績が俗人的な能力に支えられている場合も投資が難しくなります。例えば、創業者のカリスマ性や並外れた営業力によって会社の今日が成り立っていると見受けられる場合だと、その創業者が会社を売却していなくなる(あるいは残ったとしても事業へのモチベーションが下がってしまう)と困ってしまいます。

 

当然、相手には売る理由が必要

さて、では逆に会社を売る側の立場に立ってみましょう。

あなたは、

  • 一定規模の売上があり
  • 特定の商品や顧客への依存はなく、業界もある程度安定しており、
  • 俗人的ではない経営が確立されている

企業のオーナーあるいは経営者だとして、なぜその会社を売却する必要があるのでしょうか。

ファンド側はファンドのリソースを活用して事業の更なる成長をドライブする云々と言ってくるでしょうが、果たしてそれは会社を売却しないとできないことなのでしょうか。

オーナーであれば売却によりキャッシュを得ることはあっても我が子のように思う自分の会社を手放すことになりますし、経営者もファンドがどこまで好きにやらせてくれるかわかりませんし、もしかしたらいきなり首を切られるかもしれない。

特段必要に迫られていないのに、得体の知れないPEファンドとやらに会社は売却したくない、というのは極めて普通の感覚です。

 

裏を返すと、そんな企業が売りに出るのは何らかの事情がある場合に限られるのです。(この事情というのは、オーナーの事業承継問題であったり、大会社がノンコアの子会社を売却するケースであったり、比較的ドライに会社を売却する創業者(シリアルアントレプレナーであることが多い)であったり様々です)

 

結局、投資対象になる企業は限られる

つまり、とある企業が投資対象である上に、その企業側に売却のニーズがある、となると、そもそもその数が限られてくる、というわけです。現在日本には大小あわせて100近くのPEファンドがあると言われており、もちろんファンドの規模や投資対象の違いによってすべてが競合しているわけではありませんが、それでも一定の競争がある中で上記のスコープの合致する投資先企業を見つけてくる、というのは実はとても難易度が高いのです。

PEファンドの一番大事なお仕事は投資先の企業価値向上?いいえ、違います。

PEファンドのサイクル

PEファンドは、投資家から資金調達をして、調達した資金で非上場会社(一部例外あり)の株式を取得し、一定期間内に投資先の企業価値を引き上げたのちに当該株式を売却し、売却で得た利益(キャピタルゲイン)の一部を分け前としてもらう、というサイクルを繰り返しています。

つまり、

  1. 投資家からの資金調達
  2. 投資先企業の発掘
  3. 投資に向けた調査(デューデリジェンス、DD)、交渉、契約締結、投資実行
  4. 投資先企業の価値向上
  5. 投資先の売却

が一連の流れになります。

 

もちろん、資金がなければそもそもファンドがはじめられないので、投資家からの資金調達は極めて重要なタスクです。しかしここに本格的に関わるのはごく一部の人々で、PEの中の人でも実際に資金調達に関与した経験のある人はごく僅かだと思います。かくいう私も、資金調達はちょっとお手伝いをした程度ですので自信満々に語るのは憚られる領域です。そして、これからPEファンドへの転職を考えている人などは、仮に転職が成功したとしても当面ここにタッチすることはありません。機会があれば別途言及したいとは思いますが、いったんは触れなくともよい部分です。

実際にPEファンドの社員の多くが日常的に関与しているのは、②投資先企業の発掘から⑤投資先の売却に至るサイクルの全部または一部です。

 

PEファンドで最も重視されるのは

ところで、この一連のサイクルにおいて、もっとも大事なプロセスはどこでしょうか。一見、「投資先企業の価値向上」が聞こえもかっこいいしファンドの腕の見せ所のように思われるかもしれませんが、全く違います。もちろん、ファンドの人々は投資先企業の価値向上のためにいろいろと手を講じるし、その巧拙が投資先の企業価値、ひいては最終的なファンドの投資パフォーマンスに影響することは否定しません。

しかし、より重要なのは投資先企業の発掘(ソーシング)です。1にも2にもソーシング。ソーシング力こそファンドの力。ソーシングできる人が偉いし評価される。ソーシングできない奴は話を聞いてもらえない。

このような現象は、ソーシングの難易度が高いことと、それ以外の部分で差がつきにくいことに起因します。次回以降、もう少し詳しく説明します。

PEファンドで10年働いて見たこと感じたことを書いていく

PEファンドの実情が驚くほど世に出ていない

既に退職し別業種へ転出しましたが、結構長い期間(10年程度)プライベートエクイティ(PE)ファンドの投資職に身を置いていました。PEというと世間一般では「投資銀行や戦略コンサルのようにアドバイザーにとどまることなく、買収企業の株主になり経営を担えるというかなり「経営」に近い仕事内容である点や、非常に高い収益性から報酬も多額であるというイメージから、長らく人気転職先の一つとなって」いるとのこと。

多分多くの人がそういうイメージを持っているのだろうということは自分のまわりにいる異業種の方々と接していても感じるところです。私自身も元々のバックグラウンドが金融ではなく、PEファンドへの転職活動を行っていた10年以上前には上記のようなイメージを抱いていました。また、異業種の人と知り合う場において、「はじめてPEファンドに勤めている人に会った」と言われたことも一度ではありません。10年前と比べるとPEファンドが絡んだ大型案件も増加してきて多少世間の認知度は上がってはいるものの、その実情や彼らのマインドなどを知れる機会は非常に限定的だと思います。敢えて挙げると現役の人や数年の経験を経てベンチャー幹部に転向した方のインタビュー記事などは目にしますが、上記のイメージを強化するような内容がほとんどだと感じます。

 

しかし、ぶっちゃけると、その「イメージ」は少なくとも日本においてはほぼ当たっていません。ミステリアスであるがゆえにイメージが是正されない結果、多くの若手人材が門戸をくぐるも「思ってたのと違う!」となって去っていく業界でもあります。これだけ情報に溢れている現代においてこれほど情報の非対称性がある事象も珍しいと思います。

 

中の人の体験談はなかなかお目にかかれない

そこで、このブログでは、自分が実際にPEファンドで働いてみてわかったことや感じたことなどを徒然なるままに書いていこうかと思います。記事によって対象がPEファンドへの転職を目指す人、既にPEファンドで働いている人、PEファンドと仕事をしなければならない人、などブレるかもしれませんが、ご容赦ください。

また、私は在籍したPEファンドが1社だけですので、自分の経験や見方が必ずしも業界全体に通じるものではないことは承知しています。これは世界的に言えることですが、PEファンドは創業者あるいは創業メンバーが代表・経営陣として長期にわたり君臨することが多く、代替わりに成功しているファンドは極めて限定的です。クセ強めのオーナーによる長期の治世の結果、各社で独特のカルチャーが醸成されるにいたっており、一社での経験が業界全体を俯瞰的に語ることに十分だとは思いません。しかし、そうは言ってもある程度一般化できる話もあると思うし、業界に10年近くいた人間というのは比較的レア度が高いとも思うのです。ですので、あくまで独断と偏見という注釈をつけた上で、かつ特定のファンドやつらつらと書いていこうと思います。

 

※「PEファンド」で働いて、というのは必ずしも正確な表現ではなく、PEファンドを管理するGP会社、というのが正しいですが、敢えて誰にでもわかりやすい表現にしています。ファンドのストラクチャーだとかはどうしても説明が必要な場合を除き、ここで事細かに語るつもりはありません。